第一部
順子 今日はお天道様が晴れ晴れとした朝をお迎えくだ
さいましたので、よろずやの喜太郎おじいさんを
尋ねて参りました。私 山野順子です。
おかみさん おまんさぁ何処からおさじゃしたろかい?
順子 あらゥゥーーー覚えていらっしゃいませんか?もう
ひと昔の事なんですけど、母と二人で何度かここへ
お邪魔いたしましたその時、私の顔少し白くなりま
せんかとお尋ねいたしましたら、喜太郎おじいさん
とおかみさんがカルキの水で洗えば白くなりますと、
冗談におっしゃったのを本気にとって大笑いした。
あの浦町の順子でございます。
喜太郎さん そんな事がありましたかねぇーーひと昔ですかーー?
順子 母がくれぐれもよろしくと申しておりました。
おかみさん そん薩摩絣いに蛇の目ん傘まこちぃ
よか風じゃんどなぁー
おまんさぁ あたいもタンスンかい出せっ
薩摩絣いを着いもんでなぁー
あらあら蛇の目ん傘は油じゃんでアマメが
ひっ食ろもしたがーーちよっしもたなぁー
あーあー
喜太郎さん これこれ母さんよーーポカンと口を開けて眺めて
いないで、早く順子さんに温かい新茶でも入れ
て差し上げなさい。きっと遠いところからおいで
なさったのだろう?
おかみさん ハイハイ そんならもったいねっせぇ、タンスン
中け隠ちょいもした新茶をキュワ入れっせぇ、
順子さぁと飲んもんそなぁー。キュワまこちぃよか
日やんどなぁ。あああーー。
(訳 はいはい それならもったいないと、たんすの
中へ隠していた新茶を今日は入れて順子さんと
飲みましょうーー 今日はとても良い日ですね。)
つづく
人生の岐路に立った順子
その日順子は 蛇の目傘をさし
しなやかさを持つ薩摩絣に木綿の八寸帯をきゅっと締めて、
登りり坂をゆっくりと順子は歩いていた。
お爺さんおかみさんから太陽のような心を頂いた順子は、
お二人の心にうたれつつも
日の出前に一筆書いた手紙をそっと茶箪笥の上に置くーー
そして雨戸を静かに閉め、裏口から出た順子は天を仰ぎ
後ろを振向きながら来た道をゆっくりと下っていった。
それから間もなくして一代決心をした順子は、
全てを投げ捨てて、
その日はボストンバッグを一つだけ提げて、
始発のプラットホームに立っていた。