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 ポンチャン.com   
  


高隈山  お姉ちゃんの語り草




           
                
 

特攻隊よ あぁー高隈山に消えて行くのかー

特攻隊の若き青年たちよ

高隈山を越えたらもう二度と両親とは逢うことはない。

夏の澄み切った青空を眺めながら老人はつぶやいた。

地上では人々は来る日も来る日も、恐怖と死の戦いが待っていたのである。

     それが日本の戦時中であった。

早くここの防空壕を出て高隈山のほうへ逃げないとみんな殺されと言う黒い噂が集落に

流れた。

父ちゃんはもう戦争で死んだかなと、母ちゃんは独り言のように言いながら空を眺なていた

ちょうどその時、東の方からB29の編隊が集落の上空にやってくるのが見えた。

隠れろ隠れろと叫ぶアンちゃん(兄ちゃん)の蒼白の顔がこわかった。

家族は防空頭巾を被り生家の裏口から飛び降りて、藪中を防空壕に向かって走りながら

急いだあの蒸し暑い最中。



道中、アンちゃんは農場の家畜たちが死んでいたら,そのときはおいらも一緒に死ぬと言っ

て家さぁー帰って行った。

母ちゃんは頼りにしているアンチャンを連れ戻さんといかんと言った。

兄アンゃんは生まれたばかりの可愛い子猫をポケットに隠して,藪からひょっこりと色白の顔を

出して防空壕のほうへものすごい勢いで走ってきた。

それは始めてみたアンチャンの走る姿であった。

近所のお爺ちゃんが顔色を変えて言った。

この近くに爆弾が落ちたそうやーーもうここらもやられるから早く逃げんないかん。

澄み切った青空にB29が10機ほど横に並んで再びやってきた。

老人のだみ声が防空壕の中へ 響き渡る。

鹿児島の町も焼野原になったと聞いた。この農村まで爆撃とは・・・。

もうこの国も終わりやなーーみんな覚悟をせんとなぁ。

老人は大きなため息をしてから高隈山に祈りをし始めた。

あんなに気丈だった男の目から涙がこぼれ落ちた。

みんな人生最後だと思い涙声になった。

母ちゃんは我が子とともに近所の子供も抱きしめた。

長老が特攻隊も高隈山に消えて行ったしなーと

アンちゃんと2人で空を見ていた。

隣の兄さんも戦争に行ったしなぁー

おまんさーげぇ父さんも戦争に行ったなー。

あそこんお父さんも行ったしなぁ

この集落にはもう頼れる人みんないなくなったなぁ。   

みんな杉林や藪に隠れかくれしながら高隈山のほうへと急いだ。

横並びした数機のB29が集落の上空をまっすぐと飛んでくるのが見えた。

隠れろ隠れろと長老の甲高いだみ声が怖くなった。


今だ!!今逃げろー急げ急げ!

今の内だー!!

ばあちゃんたちも転んだ。小さい子が転んだ。

まだ小さい子供達がもっと小さな子達をいたわりつつ転びながら坂を登っていった。

誰かおんぶしゃんせー。時間がなかが。

また誰かが転んだ。

みんな怪我をせんようにしろ。

老人が胸と背中にこまか子を抱っこおんぶしていた。

ほら高隈山が手を広げて待っているようだと長老は言った。   

おいらたちが切り開いたこのふるさとだけはアメリカ兵に渡さんよーー

老人のことばに母ちゃんは元気がでてきた言った。

ここは禿山だからB29から良く見えもんで.腰をかがめて藪を抜けきらんとな。

もう直ぐよか場所があいもんで頑張ろうな

やっと高隈山のてっぺんさーがそこに見えてきた。

山のてっペーさーで寝ていたら無数の蚊に食われて、みんなボリボリかいていた。

ボリボリ肌をかくと言うのはまだ生きている証拠だと母ちゃんが言った。

暑い暑い真夏だけどここは天国だと言った。

冷えつくような山水でからだを癒したあの夏の思い出。




終戦

戦争が終ったどーと言う村人達の甲高い声が.木霊になって響き

返ってきた。

みんな顔を見合わせた。みんな抱き合った。おばさんも叔父さんも顔をつまんだ。

母ちゃんもみんな顔をつまんだ。

生きている あたいもおまんさーも生きている



山を下っていたら上空から大袋がゆっくりと左右に揺れながら地上に降りてきた。

それは米兵が上空から落としたコッペパンだった。

これ食べていいのかみんな隣の人たちと顔を見合わせた。

 日本は戦争に負けた。負けた。

集落に1つしかないラジオから玉音放送が流れた。

それは夏一番の1945年8月15日終戦の日。

戦争には負けたけど老人たちのお陰でみんな和になって助け合った。

終戦を迎え、私の家の前の石垣にはアメリカの若い兵隊さんたちが鉄砲を

担いでずらりと並んでいた。

ジープの後を追いかけたらチョコレートを投げてくれた。

それはおそらく永遠に忘れられないような甘い味がした。

沢山いた兵隊たちは笑っていた。

すこししてから父ちゃんがシベリヤから帰ってきた。

男の子たちは木の上に登ってこちらへ向かってくる父ちゃんに手を振っていた。

隣のおじちゃんもあっちのおじちゃんも戦争から帰ってこなかった。

戦争で多くの人が死んだ。

戦争は家族の幸せと将来も奪った。終戦は明暗の分かれ道だった。

戦争もまた人の欲から始まったのだろうか?

 


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     エッセイ集目次

1 私の日常生活

2、薩摩おごじょ

3、国内の旅


4、海外の旅

5、自転車日本縦断の旅

6、普賢岳の千羽鶴

7、阪神淡路大震災

8、私の服飾観


9、命が延びる食生活

10、思い出は霧に包まれて

11、世界で一番大好きな


12、高隈山 戦争


13、松竹梅 一本松