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 ポンチャン.com   
  

思い出は深い霧に包まれて
      
A下駄屋のおばちゃん



  子供下駄明日はお祭りよーーーと言って

  鹿屋市の街に住んでいる母の友達のおばさんは、毎年この時期になると

  私を迎に来てくれた。

  おばちゃんの家は街の中心にあって下駄屋さんでした。

  そこの無口なおじちゃんはいつも下を向いて下駄作りに励んでいました。

  子供好きのおばちゃんには子供がいませんでした。

  おばちゃんはぼっとりと肥っていていつもにこにこして、それに真っ白い割烹着を

  つけて、頭には日本タオルでほッ被りをしていた。

  そんなおばちゃんは私に何でも買ってくれた。

  お祭りの日には沢山のご馳走を作ってくれて、それに可愛い柄の浴衣まで誂えて

  待っててくれた。またおじちゃんが作ってくれた下駄を履いて、私はカランコロンと

  音を立てて走りまわっておりました。

  その頃の私は、小さな胸に夢を風船のように膨らませて、

  喜びに満ち溢れて、私は神輿の上で騒いでおりました。

  おばちゃんはすこし足が弱かった。
 
  私は教室で一番小さかった。

  そんな私が背負っている背中のランドセルをみて、私が走り出すと、おばちゃんは

  「これ待たんなー これまこて足が早かが 」と言って後ろで叫んでいた。

  そんなおばちゃんは学校の門まで見送ってくれていた。

  途中転んだりしたらおばちゃんの頭に被っていた手ぬぐいで拭いてくれた。

  

  今なおこうしてペンを握ると心優しいおばちゃんの顔が浮かんできます。

  でももうどんなに私が逢いたくても、下駄屋のおばちゃんも口を一度も利いたことが

  ないおとなしいおじちゃんももうこの世にいません。

  おばちゃんはあの飴売りおばちゃんと何処かが似ていた。
 
  私の大半の人生は飴売りおばちゃん、そして下駄屋のおばちゃんの影響も、相当

  あるようなそんな気がしてきました。

  私の幼少時代には血縁のない人から、そして家族からたくさんの愛をもらって育って

  きたので幸せ者だと最近つくづくそう思います。

  
  天国の下駄屋のおばちゃんおじちゃん

  今はもう2013年の5月中ほどです。

  先日ふるさとから格別に美味し

  いトマトが送って参りましたので、写真

  でお遊びをしてみました

  トマト、水晶、真っ赤なレッドアゲート、

  それにインカローズを組み合わせて写真

  を撮りました。




       祭りのために想う
     
       カランコロン カッカッカッと鳴る

       駒下駄懐かしい愛しい
       
       忘れかけていた日本の夏



,



思い出は霧に包まれて 目次

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    エッセイ集目次

1 私の日常生活

2、薩摩おごじょ

3、国内の旅


4、海外の旅

5、自転車日本縦断の旅

6、普賢岳の千羽鶴

7、阪神淡路大震災

8、私の服飾観


9、命が延びる食生活

10、思い出は霧に包まれて

11、世界で一番大好きな

12、高隈山 戦争


13、松竹梅 一本松