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 ポンチャン.com   
  

薩摩おごじょ


  第十七章 

ハンカチ@
             
私が初めて彼女に出逢ったのは今から5年ぐらい前のことです。東京都内の某

婦人服のお店に立ち寄っていたそのときに、一言二言話すうち
にどちらからともなく
 
「私九州熊本なんですよ。」
 
「そうですか私鹿児島なんですよ九州と聞いただけで心が通じるようで

これって何なのでしょうかね。」
 
とたわいもない会話をしていましたら、
 
「私は三度も暴力を振う男と結婚しまして、それで私は決断したら即行動に移
 
すタイプですから、小さな子供を二人を抱えて東京へ来たんです。
 
早い物であれからもう20年が過ぎました。」
 
「そうでしたか そちらさんのご苦労はそれは大変だったと思いますね。」
 
「もう子供も大きくなって働いておりますので、私も退職したらお洒落でもしまし
 
ょうかと思っておりますので、私はお洋服のセンスがありませんから教えてください
 
ませんか。」
 
「分かりました実は私も精神的な苦労で30年間ぐらい悩んだ末に、全てを投
 
げ出し東京へ逃げるようにして出てきた恥ずかしい人間です。」
 
「30年も悩んだのですかすごい華やかですから信じられない。」
 
「華やかにしておりませんと私は心が暗くなるようなそんなタイプかもしれません。
 
心の中は私なりに一重も二重も重ねて精一杯生きているつもりです。
 
じゃそこでコーヒーでもいただきましょう。」と言うことになりまして、
 
私が注文をしにいきましても彼女は入り口のあたりでおどおどした様子である。
 
このようなタイプの人と出会ったのも初めてでしたので私は少し驚きました。
 
彼女はいつも孤独でこういう雰囲気のカフェで、一杯のコーヒーなんて口にした
 
ことがないのではないかと思ったり、又人との付き合いを知らないのではないの
 
かしらと思ってみたりしましたが、やはり過去三度の結婚も暴力と言う哀しい女
 
性差別の夫婦関係だったそうですから、彼女は随分苦しんで今だにその後遺
 
症があるような気がしてとても可愛そうでなりませんでした。
 
「私は今そこの大きな会社で男性職員の料理を作っている寮母です。
 
それにあり難いことにそこの寮で息子と同居しております。」
 
「それは本当に良かったですね 一生懸命に生きていたら神様がお助けくだ
 
さったのですね。」
 
私も今は心の温かい息子と同居しております。今一緒に暮らしている
 
のは後から来た息子です。」
 
それと二人のお子さんを抱えて最初何処に宿を取ったのですか。」
 
最初の夫の子の長男がとても優しい子でそこで居候しました。その頃の大変
 
さは言葉では表わす事が出来ません。」
 
「大変だったのが手に取るように分かりますよ。実は私も上京したときは母親

思いの大学の息子のところに居候したんですよ。
ところが私が上京した日に

息子がマンションにいなかったものですから、仕方なく
大きなバックを引っ張って、

見知らぬ夜の街の裏通りを尋ね尋ねして、レストラ
ンで一晩過ごしました。
 
私は息子に連絡なしに上京してきましたので、息子は学生ですから会社で夜
 
のアルバイトをしていたんです。それからが自分との戦いが始まりまして、いかなる

ときも自分を見失うことなく自
分に活を入れながら、社会や人間観察の始まりが

何年も続きまして、私は今
なお人間関係には敏感と言いましょうか、大人の

パーティなどがありましても、も
う先行きのことが読み取れてすぐ帰ります。
 
「すごく幸せな雰囲気がしますね。」
 
「自分の苦しみを出来るだけ顔に出さないようにしたいですね。
 
それと幸福とは今日生命があって三度のご飯をしっかりと召し上がっている事

ですね。」
 
 






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    エッセイ集目次

1 私の日常生活

2、薩摩おごじょ

3、国内の旅


4、海外の旅

5、自転車日本縦断の旅

6、普賢岳の千羽鶴

7、阪神淡路大震災

8、私の服飾観


9、命が延びる食生活

10、思い出は霧に包まれて

11、世界で一番大好きな


12、高隈山 戦争


13、松竹梅 一本松